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映画:劇場版ソードアートオンライン オーディナル・スケール
2017年02月21日 (火) | 編集 |
平日の午後にもかかわらず、座席はほとんど埋まっていた。また入場特典がもらえなかった(無くなってた)ことからSAOの人気がまだあるんだなぁと思う。そういえばパンフレットも完売の案内がでていた。こうなると欲しくなるから困る。


見終わった感想は「キリト無双を期待して見に行ったら、アスナが全部持っていった」。

アスナの自宅にキリトが行って、部屋で日記を見てしまった後、アスナをベッドに押し倒してかっこいいこと言うシーンがある。いいこと言ってたはずなのに、絵的にキリトがアスナの胸に頭を押しつけているので、それしか目に入らず内容が頭に入ってこない。他の観客も息をのむ感じが伝わってきた。

後、アインクラッド100層のボス戦。SAO時代の外見に変えたのは、ユイいい仕事した。こうなるとキリトは二刀流での連撃(スターバーストストリーム)くるんだろうなーとは予測できた。これまでの戦闘でも「いつくるんだろう、いつくるんだろう」と思ってみてたので、待ってました感。その為、アスナのことは全然注目していなかった分、ユウキの幻影と一緒になっての「マザーズ・ロザリオ」は完全に不意打ちで涙腺にくる。そういえばそんな技あったなーと思ったし、なんだかんだSAO全話見てきて良かったなーと思った瞬間だった(個人的なSAOのピークは1期で二刀流披露するところ。その後はどちらかと惰性で見続けてるに近い)。

音楽は梶浦さんだったし、EDもLisaが歌ってくれた。アインクラッド編をベースにしながら、他のシリーズの要素も詰め込んだ劇場版としては満点に近い構成。さらにED後には「ようこそラースへ」と続きを期待させる終わり方。原作物の宿命として、途中までしか映像化されないことは良くあるので(禁書とかどうなったのか。デュラララはしっかり終わった珍しい例だと思う、内容はさておき。フルメタも続きがようやっと発表された。)、これは嬉しいお知らせ。

現実と仮想空間と言えば、去年の遊戯王も似たようなテーマだったと思うが、こちらはだいぶわかりやすかった。黒幕の教授の「娘を生き返らせたい」というのも、ただそれだけだったらそこまで感情移入できなかっただろうが、「自分がナーブ・ギアをプレゼントした」という背景がある分辛い。プレイヤーの情報を読み取り、構築、ディープラーニングで人工知能以上の存在というのもなかなか説得力がある。マガジンで連載していた「神様のいうとおり弐」で神様となった明石がその力を持ってナツメグを生き返らそうとした時、自分の記憶にある以上のものは生み出せなかった欠点を克服した発想だと思った。

その分、割を食ったのがエイジ。この作品のヘイトは全て持っていったんじゃないかな。基数に基づいたアインクラッドと序数に基づいたオーディナルスケールの設定についてはイマイチピンとこなかったが、結局「序数を覆すキリトすげー」をやりたかっただけだったのかな。序数2位という優位に、何やらドーピングアイテムまで首筋につけてまでおきながら、結局負けてしまうという。

序列に関して言えば、スタジアムにキリトが戻ってきて、1位と表示された瞬間はなんだかんだかっこいいと思ってしまった。ラスボス倒して手に入れた大剣振りかざすだけで、敵がどんどん消えていくのは、やり過ぎとも、ラスボス倒したアイテムなんだからこれぐらい当然かなと相反する思いがわいてきた。

アスナの記憶を取り戻そうと、ランキングを上げるため必死になるキリトが他のプレイヤーにぶつかって睨みつけた際「たかがゲームだろ」というのはSAOらしいなと。「これはゲームであっても遊びではない」というのがアインクラッド編だったが、今回の映画も記憶に関することだし、下手すれば脳に重大な異常が発生するかもしれないという上手い盛り上げ方だった。

パンフレット買うついでにもう一度みたい。
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